一般質問の朝、母が脳梗塞に

昨日は一般質問の日。その前日は、前の日に睡眠時間が少ないせいか、頭が回らず、本番でそれでは困ると思い、10時に布団に入りました。3時に目覚ましをかけて。
でも起きたのは、午前4時、慌てて風呂に入り身支度を整えて、再質問の構成を考えたりして、資料をそろえていたら、庭で母の変な声が聞こえました。
カーテンを開けてみると、ガラス戸の前の靴脱ぎ石に、母がコートを着て座っているのです。
どうしたの?  何があったの?   転んだの?
ろれつが回らない。ハラタカウコカナインダヨ・・・「体が動かないから救急車を呼んで」ということらしい。
でもこんな寒いところにいては、危ないからとにかく上がって。
と、腰を持って引き上げようとしたが、びくとも動かない。
なんで電話しないの?  部屋にいたほうが良かったのに!
この会話は2,3分。ふと、脳梗塞になったのではと、疑いを持ち、119番に出動のお願い。
とにかく、毛布にショールにカイロ、入り口までストーブを動かし、冷えないようにして、足利の姉に電話。出ない!
何度も携帯と家電と繰り返して呼んでいるうちに、電話がかかってきた。事情を話して「直ぐ来て」「わかった」・・・通常なら私ひとりでも何とかなる。でも今日は付き添えない。なぜなら、今日は初議会の一般質問の日だから。
かすかに救急車の音が聞こえました。早い!
でも、中仙道に出ても見えません。・・・・数分後到着。奥まで誘導する。
・    ・・・すみません、お世話になります。・・・・
やはり「左半身が動かないようで、脳梗塞の疑いがあるようです」とのこと。
そこで、救急隊員に頭を下げました。「すみません。今日一般質問の日で、姉が1時間後には着きます。付き添いなしで、連れて行ってくれませんか?」
保険証と今までの薬の処方箋を渡して、救急車の中で、搬入先を確認。北里メディカルセンターに掛かっていたので、お願いするも、数十分かかってもまだ結論がでないのです。
やがて、「突然容態が急変した患者がいるので。受け入れられない。」・・・・またか!断られるのは、これで3度目だ。
相手先の事情もわかるが、それなら救急指定を外したら。根掘り葉掘り何十分も聞かれた上で、断る。それなら、最初からそうして欲しい。受け入れる余地がある場合は、どういう場合かはっきりして欲しい。一般質問のようだけれど、市民にとっては、やはり覚悟か必要です。
私は、自分の親でも、生かされている命だと思っているので、腹を決めています。しかし、本人が生に執着している以上、まだ生きるのだろうし、できるだけの事はしなければならないと思っているのです。
だから一刻を争うときに、搬入先を手間取っている現状は、何ともやりきれない。
その後上尾中央病院で見ていただくことになりました。姉も渋滞で到着が遅れて、病院に着いたのは8時頃。CTの結果は脳梗塞ということで、1週間が山場らしい。
救急隊員の方には、本当に感謝です。ありがとうございました。 
議会が終り、姉と夕方打ち合わせをし、二番目の姉が東京から来るのを待つ間、母のテーブルにあった食べ物をすべて捨てて、洗い物をし、台所を片つけて、生ゴミを庭に埋めて・・・。姉と一緒に病院に行きました。
命に別状はないらしいので、1週間様子を見て、リハビリを始めるとのこと。
本人は、転んで骨折をした肋骨が痛むらしく、挙句に自分で這って私のところに来たので(約15メートルくらい)、あちこちぶつけてきたので、また骨が離れたのかもしれません。でも、今までの薬は一切禁止になっているので、鎮痛薬も使えず、痛がってうなるばかり。
その後、2時間ほどいて、「帰るね」と言うと黙っているのです。姉と、くすっと笑って・・・
「また明日来るから」と病院を引き上げました。
こちらも用事があるし、傍にいても症状が好転するわけではない。ここは病院に任せるしかないのです。
 
議会がおかしくなっている
本題は、一般質問でした。しかしその前に、ここ2年半の間に、議会が変です。
傍聴しているときは余り気づかなかったのですが、質問時間を40分から30分に縮めたことで、執行部が怠慢になっているのです。
また、答弁時間をおおむね30分と決めて、カウントタイマーをつけたことで、なお更おかしくなっています。
まず、私を除くすべての質問者は、答弁書を受け取っています。渡辺、長野議員以外は、再質問まで提出しているのです。(あっ、佐藤議員は別格です)
なぜわかるかといえば、再答弁書の原稿を読んでいるからです。(一番前の席は、執行部のやり取りも、動向が良く見えるのです)
だからどんどん進んで行く。一緒に桶川をどうして行くか考える暇もなく、心が通わない原稿が行き交うのです。
だからすべてやらせ。真摯な議論はどこにあるのでしょうか!皆さんも傍聴をしてみてください。
緊張関係などないまま、能面のような部長連中が、ただ原稿を読み、時間が過ぎる。
一人、顔に表情があるのは副市長。あれっ、市長より生き生きとしている。
それもそのはず。すべての答弁は、副市長が割り振りし、文字数まで決めて割り振るそうです。
そうか!  県議会方式を持ってきたのか。私たち埼玉県の地方議員の間では、県議会の一般質問ほどひどいものはない、と常識なのです。
私は、何年も県議会を見ているので、役人が質問を作ったりしているのを良く知っています。質問文まで原稿で出して、コントロールされているのが県議会。議員のことを先生、先生、って呼ぶし・・・。
桶川は違いました。議員の持ち時間が40分、執行部は丁寧にまじめに答えるのが桶川の良いところでした。なぜなら、立場こそ違っても、それぞれの議員の後ろには市民がいたのです。議会がまだ市民に近かったのです。執行部もまじめでした。
ここ10年、岩崎市長になってからは、それが少しずつ崩れ、議会で議論をしたり、部長が丁々発止答弁したりすることがなくなりました。
市長より賢くてもいけない。
目立ってもいけない。
議員も目立ってはいけない。調査して質問してもいけない?
そして、2年前から、この体たらくです。これでは、議員も職員も勉強しない。
つまり、頑張る議員が目立たないように、執行部が議会を牛耳るような形に少しずつ変えてきているのです。それが与党議員の仕事と思っているのでは、大きな勘違いです。
資料も出さない。
答えない。・・・・
これがますます桶川を駄目にしている。本当に桶川は変わらなければ、大変なことになるよ!
それが今回の感想です。
3.11以後、この国がどれだけ深刻な状況に陥っているか、必死になって立て直さないと、私たちの生活を守れない、そのことがわからない執行部に、一部の議員たち。
聞くだけなら、電話でよいのですよ。 今回の選挙を通して、市民の声がどれだけ切実か気づいた議員に期待するしかありません。
執行部がコントロールできる議会になっているのでは、桶川が変わらない、良くならない、と気づいてくれることを祈らずにはいられません。
勿論、私は日々戦います。
資料要求をしたら、執行部が出せるかどうか、調整するようになっている、ですって!?
それが、前年度の議運での申し合わせになっているデスって‼? :
それ、法律?  強制力があるのであれば、何が根拠?  
協力をお願いするって、書いてあるじゃないの?  協力でしょ?
執行部や市長が、うんと言わなければ、出さないって?
じゃあ、議会は要らないね。
かつてRDFのときは、議会の資料要求で、段ボール数はこの資料を持って来ました。そこで、タクマが出した仕様書の内容と酷似していることがわかって、さらに調査を開始、結局引き受け先も共同事業と説明していた伊藤忠も、すべて確定したものでも協議をしていたものでもなかったことが判明しました。部下を信頼していた助役も市長も気の毒でしたが、結局RDFは、議会がNOという結論を出しました。議会の調査権はとても大切なのです。
質問しても答えない、資料も出さないなら、議会は要らない。ピエロのように市の言いなりになって、議会も同意しました、なんて使われるのはごめんだね‼
それに、市長も資料が出せないほど、秘密があるのかな。
自信がないのかな。・・・それなら、みんな、辞めるしかないのだけれど。
反動とは
中学のときに、「反動」という言葉を習いました。時代に逆行する力や運動を言うそうです。誤った戦争を誘導した勢力。環境悪化や公害を招いた勢力。市民の声を封鎖する勢力。民主主義に逆行する力。
反動は犯罪と思うのです。だってそのために、人の命や健康を奪ったり、税金をムダにしたりするのですから。
今回の議長選挙。そのやりすぎの結果ではないでしょうか。
市川議長に「議会は民主主義の学校」を具現化し、是非民主化と自由な議論を保障して欲しい、と思わずにはいられません。
傍聴の方にも失礼なことがあったようです。議会事務局もおかしいのです。
もっとも、私の個人情報を勝手に流してしまう事務局長と、元議運の委員長。人権感覚などないのかなー。
 
後日、それも報告します。
 
 
 

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