下日出谷東、理念なき土地区画整理

下日出谷東の見直し検討委員会
第4回議事録を見ればわかると思いますが、話は尻切れトンボで終っています。つまりこれ以降議事録を作らなかった=契約期間の終わりなのです。ところが、その後もずっと見直しは続いていて、まちづくり協会は、無料で相談というか、この事業に関与し続けるのです。
篠田天皇の、「急いで国にも相談に行く」、というくだりがあります。つまり彼は、国交省の担当者も左右する力を持ち、係長を会議に出席させて、権威を持たせ、同意を取りやすくしているのです。再就職(天下り)は、(財)まちづくり協会だけではありません。たくさんの官僚が、コンサルにもゼネコンにも天下りしていく人脈をつくり、将来の道をちらつかせながら、持ちつもたれつの関係をアウンの呼吸でつくり挙げていっているのです。
この天下りの構造は変わりませんね。そして、当時の国交省の区画整理課の課長が、今はまちづくり協会の理事長に収まっているのです。私は当時何度が課長に相談に行っているので、よく知っています。
第4回の最初のくだりで、「大地主は大らかで、資産活用については、考えていない人もいるので、びっくりするのではないかということでした。」というところがあります。これは、誰が言ったのか、主語がありません。おそらく文脈から見て、桶川の関係者ですよね。それと、地主が資産活用しないのは、アホかのような言い方。もともと農地をどう守っていくか、先祖から受け継いだ土地なとという感覚は、ないのでしょうね。
私にはわかりません。わが家は、乗っ取られかけて裁判で取り戻したので、その気持ちは強いのかも知れません。もともと自分の物でもなく、一族の物でもなく、歴史のある一時期に預かることとなった家(土地)でしかないと思っています。農家にしても、先祖から受けついた土地です。たとえ自分が働いた金や農地解放で手に入れた土地にしても、その時のめぐりあわせです。
そしてその土地の恵で、生かされてきたのですから、自分土地には何をしても良い、適当に金に変えても良いというものでは無いと思うのです。相続対策で苦労をしているにしても、土地によって生かされていることには変わりなく、しかも周りの人を犠牲にしてよいと言うものでも無い。
と、私は考えています。歴史の中の一端にしか過ぎない時代に私たちは生きているのだし、せめてその感謝の念を持っているならば、おのずと土地利用は限られてくるはすなのです。たとえ区画整理をするにしても、最低限開発によって環境の悪化は食い止める=住環境のよい宅地開発や農地との共存を図るべきです。そして市が率先して誘導すべきなのに、コンサルも市も「金が儲かるぞ」と、誘導するのですから、今の社会を悪くしているのは、コンサルと行政です。そしてこの計画に食いついた理事たちです。
都市計画の考え方
その一方で、都市計画は社会や共同体(助け合うコミュニティ)を大切にする考え方で、できるだけ住民が共生するとともに、環境をできるだけ守リつつ、開発を規制したり誘導したりする考え方のもとに制度を作っていますから、コンサル篠田氏のような考え方は相容れません。
そして、彼の間違いは、力で自分たちの考えのもとにまちを変えられると思っていところでしょう。政治の権力闘争に負けた60年代安保世代の陥るわなです。その人たちがコンサルになったり官僚になったりするのですから、やはりその世代と段階の世代には原発政策と一緒に反省・総括の必要があると思っています。
この話は、同世代の人たち以外には何のことかわからないかも知れません。つまり、人としてどう生きるべきか、政治はどうあるべきか、の哲学が喪失(もともと無い)しているから、上に立ったり、大きな計画をするときに、生きている人を無視するのです。住民参加を形ばかりにして、実態は上からの計画を押し切ってしまうのです。
と言いつつも、政治も少しは進歩していて、都市計画法も改正になり、これに携わる人たちは結構まともな人たちが増えて、用途地域を勝手に変えることはできない仕組みになっています。それでも強引に政治の力や陳情合戦でやろうとすると、今は情報公開の時代。つじつまの合わない変更は、役人の命とりになるので、記録を残します。記録が無いと逆に疑われることになります。
桶川のように、官製談合を市長が指示し、パソコンを改ざんして記録を抹消したものの、警察に押収されたパソコンからは、改ざんの記録がしっかり残るのですから、今の時代はそう甘くはありません。 
私もしっかり監視していますから、25階建築計画を都市計画違反で建てようとしたときとは違います。
あの時、県議会で、「黒も白といえば白なんだ!」と私に言った某元県議のM氏や、「あなたは二枚舌だ」と私が抗議したことに対し「俺はもっとそれ以上だぜ」と、耳元で私に囁いた岩崎市長(当時の秘書室長)などとは、考え方も利害も一致するのだと思います。要するに住民など関係ない!   のです。
あの時も、住宅公団(現UR)が県の職員に賄賂を送って娘が私立高校に行けたんだなんて言う話もありました。総合設計の認可屋、紛争調停を簡単に終らせた事がありました。国からも内部告発もあったりして、いつになったらこの国は変わるのでしょうか!?
安易で利権の絡む見直し
話を下東に戻します。最終的に住民に説明したときは、計画が確定したときで、その時には既に商業者ヒヤリングをやっていて、市民など眼中になかったのです。
しかしこの計画は県の反対が強かったのです。これを、興津副市長(当時県都市整備部副部長)が強引にこの計画を押し通したことがわかって来ました。その時には、篠田天皇のことも書かれています。
それは次回に。何しろ書くだけではなく、資料をアップしないと、つくり話になってしまうので。
 まるで、小説を読んでいるような話がいくつもいくつもあって、そのうち暇になったら書かなければなりませんね。なぜ? ??・・・から始まって、真実を知りたい、に変わり、やがて怒りに変わるまでには相当の調査が必要だったのです。

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