総合振興計画と若宮寮

ご心配をおかけしました
何人もの方から、ブログの更新がないけれど、何かあったの、とか、具合が悪いの、とか、いろいろご心配をいただきました。ありがとうございます。そしてすみません。
何があったわけではなく、日々書き物に追われ続けていました。朝は、庭の草むしりや水撒きで熱中症に何度かなりながら、裁判3件、審査請求、チラシ作り、その他の原稿、そして上日出谷区画整理組合の会計帳簿の閲覧と資料整理、などなど・・・ブログの前に、やらなければならないことがあったからです。
その間、書かなければ、知らせなければ、と思うことはたくさんありましたが、徐々に書いて行くことにします。
あっ、その前に、今月8月号の広報では、いきなり、というか突然、市の将来を大きく揺るがす、2つの計画について、意見を求めるお知らせが出ました。これはとっても異例なこと。考えられないことです。しかも締め切りが8月末。大事な二つの意見を同時に募るという事は、最初から「意見は無い方が良い」と思っているのでしょう。
指示したのは、誰なのか、実に情けない、せこいですね。市民を見ないで、自分たちの都合で動いている証拠です。
総合振興計画に意見を
ひとつは第5次総合振興計画、もうひとつは市役所の建設場所です。総合振興計画は、これからの桶川の10年間の目標と計画、土地利用計画など、私たちの生活に大きな影響を与えるものです。広報では、その内容もわかり難ければ、どんな風に意見を出すのかも分かりにくい。市民を向いていない、おざなりのレイアウトと文章です。
そしてその内容たるや(基本構想と土地利用構想)、インターネットで、見られるものですが、抽象的で分かりにくく、コンサルの手によるバターン化されたお粗末なものです。これについては、私も市民会議に応募し、市の一方的「やらせ」を少しでも阻止したいと思ったのですが、敵はさるもの、市民会議は市民参加の「免罪符」に使われてしまったようです。講義のために脱会した人も出たくらいです。
しかし、メンバーの皆さんの活発なこと、意識の高さは、今行われている審議会委員の人よりはるかに優れています。
私は、総合振興計画、これで3回関わっていますが、20年前の第3回も、10年前の第4回も意見を出しています。「どうせ出したって、取りあげたりしない」と、わかっていても、出します。それは、常にまじめに、厳粛に、監視している市民がいるという、無言の圧力と抵抗を示すことになるからです。
・・・もっとも、良心も意識もない人には無駄ですが・・・。
それと、私の生き方として、やるべきものから逃げない、ということが身に付いてしまっています。逃げたり、あいまいにすることは、自分を甘やかすことにつながるからです。
自分を甘やかしたら、生かされている事を忘れてしまう、感謝を忘れてしまう、と思っています。
桶川の場合、振興計画はやらせと、つじつまあわせ
この20年間の経験から、よーくわかったのは、独裁政治ほど、振興計画の中にこれから企んでいるものをちりばめているということです。しかも市民には知らせないで。とりわけ、現市長がリーダーシップをとった第3回と、第5回は良く似ています。
第3回は、市民が全く知らない前に、圏央道・上尾道路・ジャンクションに県営飛行場、そして荒川には船を入れて、陸と空と水の交通の結節点として地の利を生かした大開発計画、 となっています。実現できるはずはない、と思っていても、私は一貫して環境問題と街づくりを住民主体で、と、戦って来ました。今、やっと私の主張したことが市民権を得つつあります。未来を常に見据えて社会にアクセスする。そのことが、最近、とても大事なことと確信しています。
第3次総合振興計画土地利用構想図(PDF)
第4次総合振興計画土地利用構想図(PDF)
第5次土地利用構想図(PDF)
今回の第5次計画の桶川の目標は、「みんなで つくり 育む活気あふれる交流拠点都市」で、次のように説明されています。
「交流拠点都市」とは、首都圏中央連絡自動車道など広域幹線道路の結節点という地
域特性をいかし、新たな産業の集積や企業誘致などを進めながら市の発展を目指すとと
もに、祭りやイベントなどを通じて、地域の魅力にふれあい、人々が集い、交流する場
や機会を増やすことにより、にぎわいのあるまちづくりを進め、人・モノ・情報などあ
らゆる交流の拠点となる都市の将来の姿を示しています。
当時は、佐藤氏(民主党現市議)や現総務部長もこの計画の中心的メンバーでした。・・・・なんだ! 20年前と同じ発想なのか!・・・進歩していないのか、時代を読めないのか、過去への執着心が強いのか、・・・よくわかりませーんが、・・・・さびしい限りで、呆れています。
土地利用計画
一番分かり易いのが「土地利用計画」。この中で読み取れるのは、西側は、下日出谷東の区画整理地域で、「良好な住宅地を形成する地域」を→「地域生活拠点」といういかがわしい場所にしたことです。しかもピンクで塗られているのは、商業地域。
ところが、東側の地域生活拠点は坂田地区。ここは、市役所を中心としたまちにしようとしている意図が見えますが、商業地域ではありません。市民の意見を聞いている最中なのに、既成事実として、市民が変わらない間に、市民税金が使われていく。合法的に。
商店街が青息吐息の時代に、駅周辺を活性化するために、中心市街地活性化基本計画を策定しているのに、桶川の商圏をかっさらう、大規模ショッピングセンター。桶川に暮らす人、税金を払ってきた人達をないがしろにして、大手資本で地元商業を潰すなんて、これまた日本を潰す(地域を壊す)お手伝いを桶川市がするようです。
私にはこんなやり方が今の時代にまかり通る、できる市長や職員の感覚が全くわかりません。結局のところ、差別意識が原点にあるのではないかと・・・・。「自分が上だ」と思う心は、自らも差別する。ひとたび、権力や自信を無くすと、自分まで卑下してしまう。まずはお金持ちにあこがれて、もみ手でハゲタカを迎える、そんな自分の心が見えているでしょうか?もっともおこぼれに預かることができれば、良いのでしょうか ?
順序がいつも逆で、独裁政治のつじつまあわせ
もうひとつ、隠れているのは、上日出谷から公園が無くなっていることです。地図を見ると、比較的大きな防災機能も持つ近隣公園が桶川には3つありました。駅西口公園、加納のわんばく公園、そして上日出谷のあたご中央公園です。このあたご中央公園が土地利用計画からなくなっています。
下日出谷の拠点街区の商業施設化も、この公園の廃止も、区画整理事業の財源確保のためと、言っています。上日出谷は50.5億の収入不足に宅地分譲計画、下日出谷東は、不可解な地上げのためです。なぜなら、下日出谷の場合、区画整理事業はさほど進んでいない状態で、見直しをさせたので、30億もの財源確保をしなくても、宅地整備は可能だったからです。
にも関わらず、この商業施設のために,新たに調整地をつくり、費用を増大させ、そして商業地の価格ではなく、宅地の価格で売却するのです。この土地利用図からすると、滝の宮線と西側大通り線の交差部分は、すべて商業地域。なんとこのすべてが理事たちの換地先となっているのは偶然、とは言いません。なぜなら、理事たちがすべての情報と換地の権限を持っているからです。
この公園廃止と、商業地域への用途変更、どちらも県から「待った」をかけられています。何故って?
当然です‼   都市計画マスタープランや総合振興計画に反する計画に変えようとしたからです。都市計画法や地方自治法を無視して、市が勝手に暴走することができないための振興計画だったはすです。なのに、住民に相談することも無く、勝手に区画整理の事業計画を、都市計画や振興計画など無いかのような、利権が見え隠れする計画を作成したのです。
上位法を無視して強引に変えようとするのは、これまた法律を知らないのか、市民を無視しているのか、厚顔なのか・・・。
私も最初、組合の見直し計画を見たとき、「ありえない」と、思っていました。法律に違反しているからです。あまりに不可解なので、情報公開であらゆる資料を取り寄せましたが、理解できないのです。結果として、市が平気で法律無視をしてまで、強引に通そうとしている、と理解したのは、ずっと後です。県の情報公開で、政治的圧力で承認を取り付けていく経過が、よくわかりました。その一翼をになったのが、現副市長、当時の都市整備部副部長です。県の都市整備部長にあるとき伺いしまた。桶川で何であんなことが起きうるのか?
その答えは、「私は何も知らないのですよ。」・・・・ということは、自分の知らないところで動いたことを証明している。・・・私はそう確信しました。桶川でも、上司を通り越して、市長や有力議員の覚えめでたい下の職員が市役所を闊歩している。普通の組織の常識では、考えられないことが現実に起こっている。違法のメッカだということを。 県にもそんな役人がいたからこそ、こんな無謀な計画が通ってきた、のですね。
しかし、そうは言っても、都市整備部副部長が変わってからの県の担当者はとてもまじめだったと思います。だから、法律に従って、淡々と市を指導してきたのです。そこで方針を変えて、振興計画の変更に着手したのです。
要は、今回の振興計画の変更で、後追い合法化、するのです。つまり、公園廃止の場合、振興計画変更→都市計画マスタープラン変更→みどりのマスタープラン変更→都市計画変更→公園廃止のシナリオです。
下日出谷の拠点街区の場合は、 振興計画変更→都市計画マスタープラン変更→用途地域変更→近隣商業地域→売却、のシナリオです。そして、この地域、提案型地区計画をもくろんでいます。地区計画は住民の3分の2の賛成があれば、建物の高さを制限したり、用途を制限したりすることが可能です。しかしここは一社に売却するので、「俺の土地に何しても勝手だ」の理屈で、いかようにもできるのです。
あの駅前の25階賃貸マンションのように、容積率を割り増しした総合設計だって可能なのです。おそらく、市の税金を使って公共施設を併設した商業施設を作る計画を持っているのだと思います。小泉内閣時代の規制緩和に、遅ればせて、悪乗りするのです。
おかしいと思いませんか? すでに提案型地区計画まで用意しているのは!・・・すでに裏で決められた計画があるからです。住民不在で、桶川の土地が切り刻まれていきます。(地権者には少しのメリットさえ与えれば)「きっと驚くに違いない」というセリフが、見直し検討委員会の議事録にあります。国交省天下り財団に委託した、一時は市が隠した議事録です。
私はもっといろんなことを調べましたので、そのうち、すっぱ抜くつもりです。亡き渡辺元議長の悲願でもありましたので・・・・。
城山公園南側も 心配
また、隠れた計画を持っているのでしょうか? 城山公園の南は、複合開発エリア。かつて、墓地構想で問題になった埋立地と原野です。ここは、転々と所有者が変わり、リーマン・ブラザースのダミー会社から、中国か、韓国系の会社に移ったのが、4,5年前だったと思います。その後の把握はしていません。一体、何が複合なのでしょうか?
市長の周辺は、とても都合の良い場所
そして、桶川インターから圏央道の北西側、市長の住んでいる周辺は、田園ゾーン(農住調和地区)となっています。市街化調整区域でありながら、開発自由の白地地区です。つまり、固定資産税は農地で極めて安い。そうでありながら、いつでも売ることも開発することも可能な農地転用ができる場所ということです。桶川でこの地域だけ、実に分かり易い、「規制は無いけれど特典はある」・・・うーむ。ここまで大胆というか、度胸がある、と思います。一般質問しても、「何故?」に対する回答は一切なし。都合の悪いときはだんまり。
べに花畑の物見台も
通常、一体の広い農地がある場合、農業振興区域としています。ですから簡単に農地転用はできません。あの地域は、みどり豊かな田園地帯で、農振地域にすべき土地なのですが、いつからか、この扱いになっています。一体が農地なので、補助金をもらって作るべに花畑もあります。市長の家のすぐそばです。そして、建設業協会から寄付された物見台、お立ち台がご丁寧に作られています。ご近所の話しですと、お客さんには、べに花ふるさと館で接待し、ご自宅近くの花畑をごらんに入れるのだそうです。
余談ですが、べに花ふるさと館の駐車場、当初は土地を購入していませんでした。数年借地で、ある日市民の税金で購入。その地権者は現農業委員会会長です。そして、この第5次総合振興審議会の会長です。第3次振興計画審議会でも、農業委員会会長をしていました。市長と仲が良いのですね。この地域の方ではないので、どうやって土地を手に入れたのか、以前市の職員から「おかしい」と言われたことがあります。でもインサイダーだったという証拠はありません。
以前の北御牧の保養所の話しを思い出してしまいました。
観光まちづくり拠点の出発は、違法状態から
そして、またまたお粗末なのは、観光街づくり拠点として、若宮寮が位置づけられていることです。この若宮寮、川田谷の土手の高台にあります。戦時中に陸軍飛行学校だった建物を、引揚者住宅として国が活用していました。その管理を桶川に任せる形で、桶川市が国から土地を借り、市が公営住宅を営む方式にしていました。したがって目的以外の使用はできない「行政財産」なのです。
これを「旧陸軍桶川飛行学校を語り継ぐ会」が自主的に清掃、補修をしていただいていましたが、平成22年からは、市の所有(買取)になったことから、非営利な(人権の擁護または平和の推進を図る活動)に該当する活動をしており、公共的な活動なので、無償で使用することを許可する。」と3年間の使用料減免の決済をしていたのです。これが5月13日です。
おかしいじゃないの‼ 情報公開でこの資料を見た私は、担当者に詰め寄りました。この問題は、複数、匿名の内部告発があったのです。そして、今度の9月議会で、若宮寮を行政財産から普通財産に変えるという議案を出しています。つまり、違法な目的外使用をしていたものを、私の情報公開で、あわてて議案を出して、約5ヶ月の違法を「亡きもの」にするという算段です。
「何が公共性なの?」 ・・・・「それはですね。草が生えないように、畑にして土地を管理していただいた。」「ごみを会の方が片付け、きれいにして中に入れるようにした」
「・・・・・。」  市が購入するまでは、市が国から管理を任されていたもの、借家人はいなくとも、勝手に公共物に手をつけたり、土地を耕して野菜を作ることができのであれば、市民ホールの植え込みだって野菜は作れるし、駐車場だって、いろいろ使えてしまう。
市民の税金で買った財産を勝手に一部の人に使わせてしまうモラルとは何だろうか。その目的が緊急を要する派遣村のように使ったとしても、その後は、恒久的に使えるはずも無いにも関わらず、平気で違法を市自ら作ってしまう、恐ろしい市役所です。
市の公共施設を目的外に使用させ、使用量を免除する団体の公共性とは何ぞや。・・・会の規約を見て、またまた驚いた。
大東亜戦争とは
語り継ぐ会は、日中戦争から大東亜戦争にかけて多くの飛行兵を戦争に送り出した熊谷
飛行学校桶川分教場(以下「桶Jl いう。)が桶川市内に存在した事実を広く後世に伝え、
戦争から教訓を学び平和を考える一助にすることを目的とする。

これが会の規約になっています。大東亜戦争とは、帝国主義戦争=大東亜共栄圏を築こうとした戦争のことです。他国の侵略、中国侵攻、朝鮮併合などの過去の戦争の教訓を学ぶのであれば、第二次世界大戦とするはずです。私たちは、社会科の授業で、それくらいは習いましたよね。戦後65年の今、終戦記念日を迎えて平和を問い直そうとしているこの8月に、このような話は、とても残念です。
まあ、とにもかくにも、桶川市は、平和を考える10日間事業をやる一方で、このような会に公共性の目的があるというのですから、かつて「新しい歴史教科書を作る会」の会長を、教育委員長にした上田知事にお世辞を使ったのでしょうか?
興津副市長の肝いりプロジェクト
別の情報公開の資料からは、興津副市長と市民生活部長、次長で、東京文化財研究所に視察に行っています。何でも、副市長の知り合いと、言うことで、たずねたらしい。退職後も知事の側近として、総合調整幹として、再任用されていた興津氏です。現役時代も知事のために、陰になり働いたのでしょう。
これから市長になるために、知事の懐刀として成果を上げておきたい、というのでしょうか?(実際、埼玉の至るところで、知事の側近と言われる人が首長になっています。)
時代感覚とグローバル化の意識は
いまや、観光立国として国の建て直しに躍起になっている国交省、「大東亜戦争の爪跡」を観光化して、はたしてどのような客が来るのでしょうか?
ひとつだけはっきりしているのは、今、韓国、中国、オーストラリア、などの人達は来ないでしょうね。日本的なる物を求めて川越には来ても、大東亜戦争のための飛行学校跡には、頼まれても来ないということです。身内が殺され、支配された歴史の跡は、不快なはずです。
戦争で犠牲になった人達は、交戦国であれ、自国の民であれ、被害者です。私たちは、戦争の引き起こす原因を突き止め、人類の叡智で平和を希求する社会にする義務があると思っています。そのためには、できるだけ正確な歴史を把握し学び、二度と戦争を起こさない歴史認識を持ち、それを次世代に伝えて行くことだと思います。
そのための平和施設なのでしょうか? だとしたら、映画のロケ地として町おこしをするなどが良いのでしょうか? それなら、学習施設です。歴史的文化施設として、まじめな取り組みと歴史研究を公的立場でするべきです。一団体の活動の場にするのではなく、広範な議論を経て、正しい歴史教育をする場として活用すべきです。
安易な発想で、総合振興計画に載せ、それが一人歩きをして、桶川の進むべき道として決められてしまったら、ますます市政にそっぽを向く市民は増えるでしょう。
そこまでおろかな市民になるなかれ!おろかなゴマすり職員になるなかれ‼
戦争で命を落として行った人達に申し訳がないと、心の底から思うのです。
まだまだおかしなことはあります。市の所掌業務に無い自治振興課が、若宮寮の跡地検討委員会の担当。このような場合、総合政策が担当すべきなのに、桶川の場合、誰かの指示で、担当が決まってしまう。それが条例や規則になくても、平気で担当部署を正規の手続きを経ずに、変えてしてしまうのです。
至るところで、無法なことは数限りなく、まだまだたくさんあるので、そのうち気が向いたら書くことにします。だって、嫌になってくるんだもの・・・!
今日は振興計画の問題点をまとめてみるつもりです。近日中にアップするつもりです。

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