負けた気がしない選挙結果

補欠選挙結果

にいつま亮  7,323
星野のりじ  2,302
ながのとも子 3,965
合計    13,590

この選挙結果、 最初は驚きましたが、良く分析すると、見えて来るものがあります。

私は、選挙を自分で10回、他の選挙を含めると、20回を超える数を経験しています。

市議補選もかつてやったことがありますが、その感触からすると、最初は、市長が出した膨大なダイレクトメール、その後の共産党の現職の父親の立候補、圧倒的に不利な状況でした。

選挙が好きでギャンブル大好きな策士が画策したことですから、シナリオがあったのでしょう。

でも、街頭に出て見ると、 ながのともこが徐々に追い上げているのが、感触で分かりました。

引っ越したばかりの若者を選挙に出す無謀さ、有権者の反感と嫌気は十分感じ取れていました。低投票率の原因にもなったと思います。だから勝っていたと思います。木曜日までは。

まさか市議選で同じことが起きるとは。今回は投票率22.35%。こういう低投票率のときは、得票率ではなく、得票数を見ます。

市議選の時の得票率で見ると、良く見えてきます。その結果は、浮動票が民進党の候補者には入っていないということです。

自分たちが負けていたのも、分かっていたと思います。

だから、金土で動きがあったのですね、いつものように。

私は、若い者が選挙に出て、どこが勘違いしてしまっている議員を多く見ています。生活の苦労をしていない人に、弱者の声が聞こえないからです。

小野氏も選挙のためだけに活動している人ですから、同じと思いますが。

その意味では、また仕事が増えました。

勝てばすべてよし、とはなりません。遅れている桶川で、私たちは、少し早い時代を生きているのかもしれません。

でも、有権者に対していつも誠実であるべきと思っています。

数字合わせと分析は、皆さんでやってみて下さい。

だから、ながのともこは善戦しました。

桶川の癌細胞さえなくなれば、良くなるのにと思う気持ちは残っていますが。

支援して下さった皆様とともに

この選挙、勝てなかったこと、申し訳なく思っています。

でもたくさんの方の桶川への危機感、良く分かりました。

だから、皆様への感謝の気持ちは、この危機感の共有と、一緒に桶川を良くするため頑張りたいと思っています。

引き続き、ながのともこさんと活動していきます。

今日は二人て駅で街頭演説をすることにします。

 

 

向かい風73号

向かい風、アップします

向かい風73表向かい風73裏

 

 

 

 

 

 

 

 

来週から選挙です

市長選挙は無投票の公算が大と、一方の市議補欠選挙4人が手続きをしていると聞いています。

私は、これまで一緒にオンブズマンとして、新庁舎を考える会として、一緒に市政のチェックをしてきた、永野さんを市議にしたいと頑張っています。

11月に引っ越してきた若者では、桶川の事は何もわからない。少し桶川で生活をしてみて、どんなまちにしたいかを考えてからでも良いのではないでしょうか。会派の数や国政選挙のために出馬するのでは、市民有権者をバカにしてのためにいるとしか思えないのです。

共産党も不思議。現職の息子の父親が立候補するとは。親子で議会活動をするつもりでしょうか。それに、議員提案権を確保するために3人にしたい、と演説していましたが、2人でも提案権はあります。意見書だって出しているではありませんか。

嘘は、良くありません。

選挙でいつも思うこと。

公約や人柄で、有権者が選ぶような環境がない限り、民度は上がらないと。

選挙で策を弄するやり方は、まちを荒ませる。多様性やお互いを認めあう社会にはなかなかならないと。

ルールを守りたいですね。民進党の国会議員が、車に乗って、候補者の名前や公約、お願いまでしゃべっていたら、国政のチェックなんてできないぞ !

法律知らないのなら、論外だけど、知っていて事前運動をやっているとしたら、国会議員の資格はありません。

岡崎トミ子さんを悼む

一昨日、19日に亡くなくられた岡崎トミ子さんの告別式が福島で行われました。

会場の写真を見た途端、どっと涙が込み上げ、すぐに引き返してしまいました。

岡崎トミ子さん告別式

1991年に衆議院議員になって以来、長くお付き合いさせていただき、勉強もさせていただきました。常に弱い立場の人に寄り添い、市民運動が駆け込むと、いつも「いいよ」と言って官僚に掛け合い、話し合いの場をもってくれました。

最初の民主党立ち上げの時には、彼女は副代表、私も仙台に入り、東北ブロックの事務局長という形で、青森、山形にも出向き、彼女とともに選挙を戦いました。

しかし、その時は落選、その後まもなく参議院の補欠選挙で参議院議員となりました。

まさに、環境、人権、戦後補償、東チモールの独立など、国会議員として、自分を後回しにした活躍ぶりでした。

昨日は議会最終日

予算の採決のある日です。私は一般会計265億円の反対討論をしました。

主にビッグプロジェクトの問題点とムダ遣いに言及をしました。これは向かい風で報告します。で、最後に岡崎さんのことに触れました。

桶川に関することも様々取り組んでいただいたこと。生活保護者のクーラー取り外し事件では、報道直後に女性国会議員と連携し 厚生労働大臣に直談判、

大臣はこれを受けて、十数時間に及ぶ官僚の説得を繰り返し

その日の夜中には、生活保護のクーラー保有を認める英断を下したのです。

その後、生活保護基準の改定は画期的に進みました。

圏央道の都市計画決定に際しては、住民にてい寧な対応をとるよう求める意見書を、全会一致で採決し、議会の代表が建設大臣に直接面会して意見書を届けるセッティングもやってくれました。

その他、上尾道路の環境対策、障がい者の権利条約や、鳩山邦夫さんとともに、党派を超えて文部科学省と交渉し、障害児の普通学級の教員の加配の枠を拡大させました。

従軍慰安婦とされた人たちの救済にアジア諸国を回り心を配り

消費者行政に力を入れ、消費者庁の設置、放射能測定器の補助制度を導入する等

桶川市が恩恵を被った事業も多々あることを紹介しました。

市長・副市長・秘書室長の笑い

実は、彼女の意思を受け継いで、これからも仕事をしていくと、締めくくるつもりだったのですが、悲しみが込み上げて来て、やばい、と端折りました。

国家議員、与党時代も変わらず、権力は常に弱い人のために使ってこそ生きる、市民・国民の幸福のために毅然と突き進んでいた岡崎さん。

最後に、職員、議員、市長、皆権力者であり、

権力をもっている人は、常に自分を振り返り、検証を怠らず、判断と行動をお願いしたい。

と締めくくったのですが、

後で、前列の市長以下がメモを回して、くすくすと笑っていたと聞き

秘書室長に、人かまじめにしゃべっているときに何だ、と抗議しました。

すると、「発想を変えられないんでしょうかね~」「自分たちは権力者と思っていないんですが」

「はっ!  ちと、社会学を学びなおしたらよいのでは?」

「謙虚な気持ちはありますよ。」

「大學はおちこぼれでしたから。」

「それは、落ちこぼれと言わない。学んで来なかったんでしょ。」

これでは市役所は良くならないと、市長もわかっていないのかな

私の知っている尊敬する首長は、職員に常に戒めている、と聞いています。

 

ねぇ 岡崎さん、だからまだやることはいっぱいあるのですよね!

違う世界にいても、一緒に戦いましょうね。

 

 

県知事…河川砂防課長の横暴に喝 !

情報公開審査会の答申…江川第2期支援会議

ながく長くかかった、埼玉県情報公開審査会の異議申し立てに結論が出ました。

意義申し立てをしたのは一昨年の10月、1年5か月もかかった結論、これでは情報公開の意味をなさないのですが、あえて河川砂防課長の横暴さ、地方自治法も県条例も無視する公務員の資格に欠ける言動に、鉄槌を加えるべきと思いました。

周囲のほとんどが、課長の横暴さに黙っている状態、上司も部下もあきらめている役所って何だ !

事の発端は、江川の水難事故。

私達は、すでに10年も前から、桶川市内江川周辺の氾濫の解決を叫んできました。しかし、県は最下流からの治水対策が優先という立場だっので、それでは早く対策を決めましょうと、支援会議の立ち上げとまとめに奔走しました。

その結果まとまったのが、現況地盤活用案、高く盛土された所はそのまま、低い場所は盛土をして氾濫域を作り、低い道路はかさ上げをするというものでした。

そして第二期の支援会議では、その具体化と、残された湿地の保全と営農支援をまとめるはずでした。

ところが、その人選を巡って、小野市長が横やり。地元委員を県は2名程度としていたのを倍の4名にしてきたのです。環境保護団体と同数程度で会議をやってきたのを、一挙に増やして、市長の親しい地元の方を推薦してきたのです。

これに対して、県は2名をお願いしたのですが、市は聞き入れず、そうこうしているうちに江川の水難事故が起きました。

私は、江川の氾濫は、桶川市の都市計画の失敗と埋め立て許可にあったと思っていますから、市としては、独自の対策や支援会議の協力は当然と思ってきました。

しかし、小野市長は何も勉強していなかったと見えます。江川の対策に力を入れず、挙句の果てには区画整理で氾濫に拍車がかかっているにも関わらず、調整池事業まで放置していました。

だから、私もその責任の一端があると思い、県に速やかに対策を求めるためにも、ほとんど出来上がっていた第二期支援会議の立ち上げを事故の2年前から何回も要求していたのです。

そこに登場した、国土交通省から出向してきた常山河川砂防課長。初対面の時に私に大声を出し、パワハラ。

そして、勝手に第二期支援会議を自分の構想で変え、公募に変えたのです。メンバーも決まり、規約もきまっていたのにです。

当然ながら私たちはボイコットし、その結果、人数合わせが大変だったはずです。

まずのり弁

課長は死亡事故が起きた事で、責任を感じたのでしょうか、保身に走り、あたふたといろんな動きをしました。市長も自分の責任ではないかのように、国や県に要望をし、長い間かかわってきた私には浅ましくも映りました。

そこで、国会議員やマスコミを始め、県の対応も含めて、情報公開をしたのですが、のり弁だったのです。

今までは、すぐに公開していたものを課長が変わっただけで、のり弁。それを上司もいさめられず、部下はあきらめ顔。

そんな独裁者、聞いたことがない。だから、異議申し立てをしました。そんな公務員は絶対に許せない !

その結果、公開すべきだったと、全面的に私の主張を認めました。

県情報公開審査会・江川2017.2.28

 今度は応募書類をシュレッダーに

更に驚いたのは、江川支援会議の公募した応募用紙を廃棄したというのです。だから人選の決裁書類もない。

そんなこと聞いたことがない !

委員には報酬も支払われ、公的委員会で、しかも公募です。県のホームページにも載った募集ですから、県民すべてに公開のはずです。従って、その人選には、客観的基準と公平さが必要です。

しかも、県の公文書保管規定では、申請書の保管は5年。まさに、条例や規則を守らない公務員で、免職ものです。

しつこく調べたら、北本県土事務所の所長の承認を得て、後はシュレッダーで破棄するよう指示されたというのです。

しかし、北本県土所長が人選に関わるなど、どこにも書かれていない。

何もかも課長の独裁で、支援会議のメンバーを決め、その記録書類も記録もない、と言うのが、情報公開決定書でした。独断でないのなら、決裁を経た公文書は残っているはずですから。

廃棄の記録もなし

では、廃棄したのなら、文書管理台帳に廃棄の記録がなければなりません。

それも請求しました。ところがこれも不存在。

これは知事の責任です。人事管理も、法令遵守も含めて。

最低、最悪の河川行政、行政の継続性をも無視した行為。

これが、その決定通知書です。本来なら、地方公務員法違反にあたります。

2015.12.18江川公募委員不開示

 

文書管理不存在2016.2.3江川文書廃棄2016.7.20

公務員の質ががだんだん低下している。

こういう社会は、いつか破裂するのではと、心配です。

県から何の連絡もなし

そして極めつけは、通常審査会の決定が出たら、担当課は公開を改めてしなければなりません。なのに、何の連絡もないのです。

県職員の皆さん、出向されている方も、

情報公開条例を勉強しましょう !

県民をなめるなよ !

 

 

向かい風72と坂田公共施設の資料

本日、新聞に折り込みました。

向かい風72表 

向かい風72裏

 

 

 

 

 

 

 

一般質問が14日の午後になりました

 裏面の一般質問のお知らせですが、いつも質問をしている議員が2名、申し出をしていないことが分かり、3日間で終えることになりました。

従って、14日の5人目になります。

一人1時間の持ち時間ですが、目いっぱいやらない議員もいるので4人で3時間と想定した場合、1時半から2時ころ始まる予定です。

原稿を入れたのが、10日くらい前なので、予測を間違えてすみません。今までこんなことがなかったのですが、ちょっとびっくりしました。

坂田地区公共施設の資料

坂田の公共施設、民間に土地を全面的に貸して建物を建てさせる業者が決まったようです。ホームページにアップされました。

http://www.city.okegawa.lg.jp/shisei/52/sakatachikukokyo/p002850.html

黒塗り資料はこれです。なんでも事前の対話とか名前つけていますが、どのようなアドバイスやお願いをしたのか、全くわかりません。

直接対話と事業費

坂田資金計画

資金計画は200%に拡大してもよくわかりません。

実に情報公開制度をなめている、市民軽視です。

再度情報公開をして、同じようならまた審査請求をしなければなりません。

企業の利益をどのように計算して、民間導入を決めたのか、それを私たちは良しとするのか、見極める必要があります。

桶川市は、裁判や審査請求をしないとまともにならない、最も裁判をやっても議会で議決して違法な支出をしてしまう市ですから、社会性がないというか、法律とは何ぞやもわからない。最近特に感じています。

市民の方からの苦情や意見も毎回いただくようになりました。皆さん、どこか変だと感じているようです。

仕切り板について

向かい風にあった議場の仕切りについて、議会運営委員会で、共産党の佐藤正弘議員からクレームが出ました。

すると、一斉にいろんな方から、記事についての文句と言うか、言い分が出されました。心外だと言いたいのでしょうが、議員は自分たちの決定に責任を持つべきです。仕切り板を作ることに賛成したし、お金も使うことになったのは事実です。

それに、いつも議会の言動はオープンでなければならないと思います。

佐藤議員は、「議会は市民と一定の距離は必要」と自分は言っていない。とのクレームです。限られたスペースの中でのメッセージですから、誤解を与えた表現なら謝らなければなりません。でも、彼が言ったとは、書いていないはずです。

私の国語力がなかったのかもしれませんが。

私は、小さな記事で細かい話しが伝わらなかったことは反省したいと思います。だから次号の向かい風73号で細かく書こうと思います。予算の報告もありで、またスペースで悩むことになりそうですが・・・

でも、市民に出来るだけ議会に親しんでもらうためにも、仕切りは要らない、と何度も発言をしたのですが。

次回はそのことも含めて仕切がり板について、報告をします。