昨日に続き建設文教委員会

教育委員会の答弁

昨日も9時半から委員会

開始した途端に佐藤委員が、委員長! と

「スムーズに審議をしていただいて、5時を目標に終わらせたいと思います。」

そんなの意味の無い発言なのに、あえてするのは脅しのようなもの。

事前に通告してあるものを審議していたら、答弁時間はかかる。

それなら、全ての項目を6時間半で割ったら、良いかも知れない。

それに、通告していない人が審議に参加できない事になる。

通告は努力義務。答弁を用意できるようにしておくためだから

当然自分の所管の仕事はよく知っているはずという前提である。

上原市長の時代は、通告もなし、職員に「なんでもどんと来いという姿勢になれ」と翌言っていたことを思い出します。

そんなに多くない仕事と思うのだけれど、職員の大方は一生けん命の姿が見えない。

さて、審議が始まると、まず教育委員会の答弁が悪い。

いじめのアンケート、認知件数が30件あったと報告があり、それに対するどんな対応?

誰が動いたのか、さわやか相談室なのか、スクールカウンセラーなのか、教育相談員なのか、

ハッキリしない。つまり具体的ケースを把握していないという事になるのです。学校の報告任せで、機養育委員会は動かない。

不登校もしかり。答弁保留で、数時間してやっと報告できるというように、時間が過ぎていきます。

小中で保護者の負担があるのか?

ドリルとか副読本など年4~5千円という報告が出てきた。そのお金を各クラスごとに集金するという。

そう、私たちの子どものころからそうだった。しかし、その頃は、教科書も自費で出す時代。

義務教育無償化になっても、一方ではそんな経費は保護者負担。時代はどんどん変わるけれど、ドリルなどは先生が作っていたこともある。

塾の方が勉強出来るという子も多いから、親が子どもにお金をかけるのはいとわないかも知れないけれど、学校での負担については、ちょっと違う。

給食費もそうなのだけれど、学校でのお金の取り方、処理の仕方は学校に任せているというのはおかしいとの趣旨で質問したら、佐藤議員がまたまた横やり

「どこの学校でも、周辺の自治体でもやってんじゃないの。」

次に岡野議員、「ちゃんと報告書が出ていて、私も確認しています。子どもの時も見ています。」

佐藤議員、「うち孫がいます。」

今やっていることを肯定してどうする?

これは全国の事例や文科省に確認しないと、と思って私も引っ込んだが

人の質問に横やりを入れてくる議員は、私の経験では初めてだ。

お互いの議論の場ではなく、決算に対する質疑答弁なのだから。

本会議でも時々佐藤氏は議長の立場で、休憩をして横やりを入れる。

これも私の27年間で、経験したことが無い。議長になったら、みんな人格者になって、温厚にまとめていくことをしっかりやっていたと思うのです。当選したときにしっかりと挨拶しますから。

民主主義は、人を尊重することから始まり、多様性を認めることが要でもあるのに。それは多数決の持つ暴力性を補うために、少数意見を尊重する仕組みがあり、

議会は民主主義の学校なのです。

人の意見を遮るのは、自分を主張し、自分の考えに強引に向ける行為です。議長はそういう人がいたら、たしなめ、議論を深めて、調整していく立場です。

私は、一般質問を聞いていても、何て幼稚な質問なのか、電話で聞けば終わりじゃないか、もう少し調べてから質問しろよ、と思う事もあります。

でもそれは議員の個性でもあるし、暖かく見守っていることにしています。

乱暴な議論は別として。

寛容と品性のある議会であって欲しいと、願いつつも、現実とのギャップに、考察を繰り返す日々です。

今日から一般質問です。6月からインターネットで見られることになり、市民の目がもっと近くなっています。議会が少しずつ、市民に向くことを願っています。